飛び星
著者 囮禽 畔
正確には覚えていないが、星飛びをするようになってだいたい10年になる。しかしその甘美な世界は一度たりとも私を飽きさせた事がなく、常に新たな世界の一面を覗かせてくれた。つまり、それくらい宇宙は広いということだ。
星飛びとは読んで字のごとく、星に飛ぶことを意味する。しかし飛ぶものは、自分自身の肉体ではなく意識と視点だ。そして飛ぶために必要なものは、飛んでいる間分の時間だけである。これほどまでに簡単な条件しかない星飛びであるが、実際飛んでいるのは私くらいだと思う。なぜなら星飛びは誰にでもできるものではなく、そもそもその存在を知るのが私を除いていないだろうからである。少なくとも私の知り合いでそのような事を言うものはいなかった。
私は星飛びをストレス解消のために使っている。星飛びの先にある、宇宙は広大で美しかったからだ。だがそれを覚えたばかりの頃は、きらきらと輝く星ばかりに目がいき宇宙全体を見渡すこともなかった。そんな風に、星飛びの世界に慣れてくると私は一つの事に気が付いた。飛べる星と飛べない星があるのだ。その差、というのは明確に判っていないが火星や木星といった私の良く知る星には飛ぶことができないのだ。その事は私の頭に一つの謎を残していた。
退屈な学校生活の一日が今日も幕を閉じ、自宅で私は今日も星飛びをしようとしていた。飛ぶための準備は整っている。私の家庭は、商売をやっているため夕食が非常に遅くそれまでにはまだ4時間ほど早いのだ。私はもう暗くなった空を窓から見あげ、どの星に飛ぼうかと悩んだ末、月のわずか前方にある輝きの強い星に飛ぶことにした。目を閉じて眼前に輝いているだろうその星を想像する。しばらくたったところで、目を開ける。そこは既に宇宙であった。
宇宙というものは非常ににぎやかな空間である。何の音かはわからないが確かにそこに、宇宙の意志というものを感じさせた。世界は鼓動をしているのだろう。
ふと目を細めると遙か前方では星が渦を作っていた。今までそんな渦を見た経験がなかったので、私は非常に興味をもち、そちらへ飛ぶことにした。渦の中心の景色はどれほどまでに壮観であろうか。
目をつぶり集中する。そして次の瞬間には私の視点を廻るように星が渦を巻いていた。昔、テレビ番組の企画で台風の目に入る、というものがあったが同じ中心という意味でもこちらの方が何倍も綺麗だと思った。
私は目を閉じて、渦の先端にある星へと飛んだ。そして成功を確認するとまたすこし前の星へと飛んだ。河を石を飛び、渡る。そんな感じだった。渦の速さに劣らず、そして早く移動しすぎず、そんなボールの上に乗って移動するかのような駆け引きに時間を忘れていた。
そんなことをしばらく続けていると渦のスピードがだんだんと早くなってきた事に気が付く。私はそれに遅れをとらまいと必死の移動を続けたが、それは加速をしていくようでしまいには、移動する事も敵わずただ円の軌道に身を任せていた。そしてあまりのスピードに私は意識を失った。
肉体でいう鼻のあたりがひりひりする。肉体で、という言い方はつまり私が未だ意識と視点を飛ばしたままの状態であるということだ。なぜならそこは星だったからだ。その事は私の目の前にいる―ある、と言った方が良いかも知れない。なぜならそれもまた誰かの視点に過ぎないからだ。しかし何故かそれは視覚で確認できた―男が、ちょうどさっき教えてくれた。
「あなたはどの星から星飛びを?」
男はふらふらと視点を移動させるし、さらにふらふらとした声だった。
「地球からです」
どの星から、つまり複数の星に知能生命体が存在しておりさらに、星飛びが可能なことを決定づけるその一言は私にとって驚愕の発言であったが、その事を全く知らなかった事が伝わると恥ずかしい気がしたので私は驚きを言葉にまでは出さなかった。
「はぁ。辺境から。どうも、お疲れさまです」
辺境、つまりこれは地球の文明レベルは高くないという事に違いなかった。
「ここに来るのははじめてですね?」
私はその事も偽ろうかと考えたが、どうせボロが出るだろうと面倒になり自分がはじめてここに来たこと、別の視点と出会ったことがなかったこと等を話した。
「なるほど。ということは飛び星の事もわからないですよね?」
「飛び星? 良ければお話お願いします」
それは、星飛びと似た言葉だったので意味まで近いものだと私は想像した。
「ええとですね、宇宙にはたくさんの星があります。その事はあなたもお知りだと思いますが実はこの星々には二つの種類がありまして。まず普通の星、惑星とかであったりします。そしてもう一つ、それが飛び星です」
それから彼は、名の通り飛ぶことのできる星を飛び星と呼ぶことを教えてくれた。私の謎は解けたわけである。つまり私が飛べなかった星は、飛び星ではなかったのだ。続けて彼は飛び星の歴史を教えてくれた。
「何故飛び星が生まれたのか、気になると思います。この宇宙には姿を見せることのない怪物が存在します。それは星の精気を吸い取り、星を枯らせます。姿を見せないのでこちらから攻撃を仕掛けることはできませんが向こうにも弱点があるんです。何だと思います?」
その怪物の事すら聞いたのがはじめてだったので判るはずなく、私は首をひねった。もちろん向こうとしても言葉をつなげるために使った文章にすぎず本当に私に質問しているわけではなかったので、そのまま話を続けた。
「奴らはですね、非常に敏感なんですよ。ここで飛び星の登場です。飛び星は、造物であるので精気は存在しません。もしですよ、精気を吸おうとした時に精気でないただの空気のようなものを吸い込んでしまったらどうです? そう、ちょうど私達がお酒と間違えて水を飲んだ時のように」
「え? ……驚きますよね」
確かに驚くだろう。だが驚いたからといって退治までできるのだろうか、私はそう疑問に思いふらふらする男に尋ねた。
「だからですね、奴らは敏感なんですよ。それでコロッと死にますよ。そりゃあもう壮観ですね。まぁ、姿は見えませんが」
男はふらふらする軌道をおおきくして、さらに落ち着かずに円を描いていた。私は男の軌道に沿って目を回していたせいですこし気分が悪くなる。
「そうだ、あなたには私の視点が見えますよね?けれど私にはあなたが凄く微弱にしか見ることが出来ません。この飛び星の世界では、あなたも持っているその機械が必要不可欠です」
あなたも持っている、と言われてはじめて気が付いた。私は視点に過ぎないが確かに妙な機械を持っていた。うまく理解できない状況であったが私はその機械を手にとる。もちろん手に取る、と言っても私は視点に過ぎないのだが。
「そうですね、まずはあなたを他の人が確認できるようにしましょう。目をつぶって自分は自分である、と集中して念じてください」
私は男に言われるまま集中した。目をつぶり、私は私であると感覚的に呟いた。目を開くとそこはすこし色彩が増えたような気がした。
「はい、あなたの視点が私にも見えますよ。成功です。あなたから見てもすこし鮮明になったでしょう。次ですが母星登録をしましょう。この飛び星を母星として利用してくださいね。同じように目をつぶって、ここが私の母星だと念じてください」
念じると、先ほどのように何かが変わって見えたわけではないがその登録が成功したらしかった。
「つまりですね、色んな飛び星へ遊びに行くことがあるかもしれないですがそんな時、ここにすぐに帰ってこられるようになったわけです。この世界では念じる事が全てです。母星登録とあなたがあなたである、という証明が消えてしまうので先ほど渡した機械をはずそうと念じないでくださいね」
男はやけに私に親切であったが彼は、このような紹介を仕事としていると言った。この星を母星としたのだからこの男にあう事も多いだろう。私は彼をふらふらと呼ぶことにした。もちろん彼の視点がいつもふらふらしていたからだ。
「さて、登録も終わった事ですし別の飛び星へ飛んでみましょうか」
私は肯いて目を閉じた。だが別の星へと飛ぶことができなかった。
「言い忘れました。先ほどの登録であなたはこの飛び星内を自由に散策できるようになったのですがその代わり、別の飛び星へと移動する際には特別の場所へ行ってもらう必要があります。ささ、こちらです」
ふらふらは、私に後ろからついてくるように指示して歩き始めた。私は今まで飛び星から、見るという行為しかしていなかったので視点を歩かせるという事は非常に面白かった。
「私は視点と意識のみを飛ばしていると思ってたんですが違うみたいですね」
私は彼に尋ねた。彼は視点をこちらにすこし見せて再び歩きはじめた。
「そうですね、実際には視覚、聴覚等のほとんどの感覚をこちらへ移動させています。ほら、宇宙の音とか聞いたでしょう」
肯く。そしてまたふらふらの後を追いように視点を歩かせた。しばらく私達は無言で歩いた。わずか数分であったし、私は彼の落ち着かない視点を追うことが楽しかったのですぐに到着したような気がした。彼が到着を告げたそこには、小さな楼があった。
「さ、どうぞ。その上にのぼってください」
妙な事だが私は、視点を楼の上へと登らせた。そして彼に一目配り、さよならと言って目を閉じた。
「あっ、危ないです!」
唐突に彼は声を荒げて私の視点を―どうやったのか不明だが―その楼から引きずり降ろした。私は急な事で驚きあたふたした。
「ほら、見てください」
彼は視点で南の空を示した。そこには禍々しい黒がこちらの方へと迫ってきていた。宇宙の黒とは比べようもないような汚い黒だった。
「なんなんです? あれは」
私は気持ちが悪くなるのを堪えながら彼の方へ向き直った。
「悪戯な意志です。登録をわざとしなかったり、はずしたりすることで自分が自分であるとばれないようにしてああいった迷惑な行為で飛び星を破壊しようとします」
私はこのような美しい飛び星を破壊しようとする彼らが許せなかった。憎悪の気持ちがわき起こる。
「じゃあ、どうするんです? この星は破壊されるんですか?」
「まぁ見ててください」
ふらふらは不敵な笑みをこぼした。そうしているうちに悪戯な意志はさらにこちらに迫っていた。私はそれ以上目を開いていることができず思わず視点を背ける。するとどうしたのだろうか稲妻が走ったように、意志に向かって光が流れ込みそれは綺麗に消滅してしまった。
「念のために楼から降りて頂きましたがこの飛び星では、私に強い権限が持たされています。その事についてはまた次の機会にお話しますが、そういうことでこの飛び星内では私の勝手にその意志が好きにすることができないんです。お見苦しいとこを見せましたね、ではさようなら。また何かあったらおたずね下さい」
私は再び楼の上へと視点を登らせた。どの星へ飛ぼうか。時間をかけて飛びたかったがふらふらがこちらをずっと見ているのでとにかく早く飛んでしまおうと思い直して集中をする。目を閉じた。
目を開くとその飛び星は一面が灰色に覆われていた。先ほどふらふらと会話をしていた飛び星と比べるとその醜さは一目瞭然で同じ飛び星であるのかどうかを疑うほどであった。周りを眺めたがどこにも楼は見あたらず、私はどうやって別の星へ飛ぼうかとすこし焦る。だが一抹の不安と好奇心に心を動かされ、とりあえず散策をしてみることにした。この飛び星には、ふらふらのような存在がおらず案内をしてくれるわけでもなかったので非常に淋しかったし、静かだった。どうしてこうなってしまったのだろうと考えを巡らせる。悪戯な意志に破壊されたのだろうか。
そのうちに考えは悪戯な意志へと及ぶ。悪戯な意志はいったい何故破壊行動をするのだろうか。そんな事で喜ぶ人間がいるはずはないし労力だって簡単なものではないはずだ。 散策しながらそんなことを考えたが結局、彼らの意図をつかむことは出来なかった。何故か視点が疲れてきたような気がしたので私は、一度散策を中止してその場でとどまることにした。目を閉じる。軽く息をはくようにして心を落ち着けた。落ち着いて来るとどこかから耳鳴りを想像させる奇妙な音が聞こえてくるのに気が付く。聞いたことのある音であった。どこで聞いたのだろう。そうだ、ふらふらの飛び星でだ。何の音だろうか。周りを見渡すとその音の根源が判った。悪戯な意志が接近していたのだ。今度も稲妻のような光が発するだろうと、考えて悪戯な意志の行く末を見守っていたがそうはいかなかった。どこまで接近してもそれは消滅しなかった。そしてふと気が付く。ここはふらふらの力が及ばず、また誰もいない飛び星なのだ。このままでは悪戯な意志が衝突する。すると私はどうなるのだろうか。
そう考えてあわてて楼を探したがどこにも無かった。止まることなく接近する悪戯な意志に恐怖を覚え目を背けた。大きな音がしたかと思うと視点がひどく揺れた。がたがたと音を立ててしばらく揺れが続く。頭が真っ白になって何を考えられずにいたが揺れが一段落ついて音もなくなった。だが同時に飛び星は存在しなくなり、ただ漆黒の宇宙空間に視点は放り出されてしまった。身動きをとることができない。視点が動こうとしないのだ。 私は、母星登録のことに気が付いた。もしかするとふらふらの飛び星へ帰れるかもしれない。目をつぶり強く念じる。母星へ帰りたい。
「大変でしたね。あなたが飛んだと思われる飛び星が完全に消滅してしまいました。その飛び星はちょうど灰色がかって寂れていたでしょう? 今回は無事に帰ってこられましたが次もそうなるとは限らないので、そういった灰飛び星へ行ったらすぐに帰ってきてくださいね」
私はとにかくあの寒い空間から帰ってこられた事に感動し彼の話をあまり聞いていなかった。だが時間が立つと自然にあの恐怖を忘れ感覚が元に戻ってきた。すると同時にふしぎに思うことが一つ現われた。
「どうしてあの飛び星はあんなにも灰色だったんですか?」
彼は相変わらずふらふらしながら陽気に答えてくれた。
「あぁ、それを言おうとすると飛び星の成り立ちからお話しした方が早いかも知れませんね。よろしいですか?」
私は彼の軌道を追いかけながら無言で肯く。彼の軌道を追うのはとても気持ちが落ち着くし、なんだか目が楽になるようだった。
「飛び星というものはですね、惑星などからすこしばかりの力をわけてもらって作られています。宇宙はとても広いので惑星などは非常に多くありまして飛び星を作る、という仕事さえあるんです。我々はそれを星借りと呼ぶのですが、これが非常に簡単でして皆が自分の家のように飛び星を作っています。星借りが簡単な事が逆に問題となる現象があるんです。それが灰飛び星と関係があるわけですが、それはつまり飛び星をきっちりと管理していく気力がない視点にでも作れてしまうせいで作るだけ作って結局放置をしてしまうというケースが非常に多いんです。そういったところでは管理がされませんのでどんどん寂れていき、悪戯な意志にむしばまれていくわけです」
彼はそこまで一気にしゃべると、視点をふらつかせるのを止めて私の方へもう一歩近づいてきた。
「さ、お話も終わりました。あなたはだいたい4時間ほどここにいたことになるのですが視点は非常に疲れやすいです。慣れないうちにずっとここにいると体に悪いので今日はあなたの星へお帰りなさい。肉体へ戻りたいと念じるのですよ」
彼に言われて気が付いた。体が非常にだるいように感じられた。視点が疲れているのだろう。私は強く目をつぶって肉体へ帰りたいと念じた。
しばらくの月日がたいつものようにちふらふらの飛び星に来た時、彼ははじめて来たときと違ってものすごく深刻そうな顔をしていた。私は彼の方へ歩み寄り邪魔にならないように訊ねた。
「どうしたんですか?」
彼は一瞬間をおいてから、私に気付きこちらのほうを向き直った。
「やぁ、いらっしゃい。いやぁ、そこをみてごらん。あの悪戯な意志に手を焼いているんだ」
彼が視点で示した上空には私が見た中で最も大きな悪戯な意志が渦を巻いていた。その巨大さは恐ろしさの前に一瞬の空白をもたらすほどであった。
「あれほどの規模になるとね、この間のように見ているだけではどうしようもなくてね」
彼は笑っているようだったが声までは笑っておらず、汗をかいているかのようだった。「こうしてと……」
しばらく彼が目をつぶってなにかを想像―飛び星の世界ではイメージすることが武器である―しているのを後ろでしばらく見ていたがその攻防戦も終幕を迎えたようで巨大な悪戯な意志は消滅していった。
「ふぅ……最近は色んなところでこの規模の意志が出てるらしいよ。作ってるのは同一犯らしいんだけど、登録してないから突き止められないんだよね。誰かまでは」
彼はそこまで話すと、いつものようにふらふらと軌道を描きはじめた。彼が落ち着いていない時ほど平和な事はない、ということである。私は彼に別れを告げると楼のところまで向かった。今日は何処へ飛ぼうか。
一人で楼のとこまで向かうと目をつぶった。はじめてここから飛んだ星よりももっと北の方へある星へ。
今度の飛び星は綺麗なところだったが今は誰もいないようだった。私はその飛び星を散策する。遠くにふらふらの飛び星らしきものが輝いた。視点を動かしてふらふらに合図を送ったがそれが伝わるはずもなかった。私はうつむき加減に歩きながら先ほどに意志のことを考えた。ふらふらは相手が登録をしていないから誰かわからないと言った。彼の困った顔を見ているとそんなことをするやつは可笑しいやつだと考えていたが、してはいけないことだと思うとどうしてもやりたくて仕方がなくなった。注意深く周りを見渡す。やはり誰もいなかった。私は目をつぶって呟く。登録を一時的にはずす。
登録をした時に世界が鮮明になったように、今度は宇宙がすこし暗く見えた。はじめてふらふらの飛び星へ降り立った時見た宇宙はこんなにもくすんでいたのか、と鮮明な宇宙に慣れていたことに気が付かされた。だが本当に私だとわからないのだろうか、その事が気になったので私は楼を探した。くすんだ世界での移動はすこしやりづらかったがそれにも次第に慣れていき私は楼を探し出し、そしてその上へと視点を登らせた。目をつぶってふらふらの飛び星へと戻る。登録をはずしているので母星として帰ることができなかったのだ。飛び星へ着くとふらふらがよそよそしく私に話しかけてきた。
「こんにちは、初めましてですね。もしかすると飛び星の事を知らなかったりしますか?」 私は彼が私に気が付いていないことに、ぞくっとした。私が私であるということを彼は気がついていないのだ。これ以上はじめてここに来たものとしているのは面倒だったので私は適当に、登録を誤ってはずした通りすがりだと言ってそこから去った。
良くない負の感情というものは次々と連鎖していくもので私はさらなる過ちを犯そうとしていた。自ら悪戯な意志を作ろうとしていたのだ。そのため私は灰飛び星へと移動し、誰にも見つからないように意志を作ることを試みた。目をつぶり想像する。邪悪な、悪戯な意志を生み出す。
眉間のあたりに黒い稲妻のようなものがぴりぴりとしていた。私は視点に力を込めて意志を放つように想像する。すると意志はその規模を増して遙か前方の見ず知らずの飛び星へと向かった。先ほど見た意志ほどの規模ではなかったがその大きさはすさまじいものだった。放ってしばらくすると冷静になりそれだけでは面白くなくなった。私は意志を飛ばした星へと移動するため楼へ登る。
どんな風になっているのだろうか、あの規模ではさすがに破壊とまでは行かないがふらふらのように狼狽しきっているかもしれない。心を弾ませながら私は星飛びをした。
その飛び星では、思ったように私の意志を消滅させるためそこにいた視点があくせくと想像していた。私はその視点の後ろへと歩み寄ってそっと訊ねてみた。
「悪戯な意志ですか。最近多いみたいですね。大丈夫ですか? この意志は」
視点は私の方をちらりと見て想像に戻った。
「うん、そうだね。最近はたくさん増えた。この意志も規模がおおきいし」
その一言を聞いて私の心は高鳴った。私の悪戯な意志は規模がおおきいらしいのだ。心の中でガッツポーズをすると同時に悪戯な意志を否定していた過去の自分を忘れていったようだった。私はそこを立ち去ると次こそは、飛び星を破壊したいと思った。狙いは先ほど意志を生み出した灰飛び星だ。さすがに視点の集まる星を破壊できるほどの力はないと思ったのだ。私は近くの適当な灰飛び星へと飛び、先ほどのそれへ意志を放った。悪戯な意志の規模は最初に作ったものより数倍大きなもので灰飛び星くらいなら破壊できるだろうと思った。そして私のその想像通り、灰飛び星は見事に宇宙の塵とかした。鳥肌がたつくらいの思いだった。そこまで終わらせると私は非常に疲れていることに気が付いた。意志を作ることの疲労はなかなかのものであった。私は肉体の元へと帰るように想像しそのまま眠りについた。
それからしばらく私は「私」と悪戯な意志を作る影との二つの顔を使い分けた。様々な飛び星へ「私」として訪問したが、悪戯な意志を作るときの方が楽しかった。時間も忘れて飛び星を破壊して回った。だが、それだけだった。次第に私は破壊活動に飽きを覚え、それどころか今さらにも罪悪感に苛まれた。私の破壊活動は、灰飛び星から作られたばかりの微弱な飛び星へと範囲を広げていたのだ。犯行の悪質さも極みを迎え、まず飛び星での権限者を仲良くなりその裏でその飛び星を破壊して回ったのだ。十代になったばかりの少女の飛び星を破壊した時の事は一番私の今さらな良心を痛めつけていた。そして何よりもその無意味な行動に寂しさを感じるようになった。最近疎遠になったふらふらの元へと戻りたかったがこれほどまでに汚れてしまった心を持って彼のところへ行く勇気がなかった。いやもしもこんな心であの彼の軌道を見つめたならば私の心は押しつぶされてしまったかもしれない。私には帰るべき母星がなかった。
私はそれからというものの、ひたすら遠くの銀河を見つめていた。何もする気が起こらないのだ。実際、そうやって宇宙を眺め続ける者も少なくなかったので変な目で見られるような事はなかったが話しかけてくれるような者もいなかった。その時には私は登録をしなおしていて破壊活動をすることもなくなっていた。視点の話に耳を傾けることも増えてきた。
その話の内容が私に新たな希望を作ってくれたのは確かだ。いつだったのか、それを判断するための材料がないためどんな日の話だったのかを伝えることはできないがいつも以上に淋しい日だったと思う。新しい飛び星を作った二人の権限者がお互い飛び星について話あっていたのだ。そう、私は自分も飛び星を作ろうと思ったのだ。私は飛び星作りをするために星借りの仕方を話す視点たちの話を注意深く聞いた。どこかの惑星かなにかに向かってすこしばかり力をわけてくれるよう想像するだけで作れるらしいと判った。それを仕事にしている視点たちに頼めば綺麗な飛び星が得られるらしかったけれど私は破壊活動を続けていた忌々しい過去があるため彼らにまさかそんなことを頼むことができなかった。私は下地となる惑星を自らの星である地球として飛び星を作った。
私の飛び星を訪れる視点の数が多くはなかったが満足のいく数であった。たまに悪戯な意志が来ることもあったが皮肉か、それの扱いを心得ていたのでそれに困ることは一度もなかった。視点との会話は楽しく、ふらふらがはじめて訪れるものに親切に教えていた楽しさが判ったような気がした。はじめての者が来ることは一日に2、3度ありそのたびに教えていたがそれは、彼らのためというよりは自分のためだった。
飛び星作りが安定し、近辺では有名な巨大な飛び星へと成長した私のそこへ訪れるものの数はさらに多くなった。そこでの仕事は忙しさを極め、かつての愚行に心を痛めるほどの時間もなかった。そのことはとても嬉しかった。あの感覚は非常に寂しいものなのだ。
私がそうやって悪戯な意志退治や、楼の管理などをしていると今日もはじめて飛び星へとやってきた少女の意志と出会った。
「飛び星ははじめて?」
彼女はか細い声ではい、と言った。それはずっと昔、同じようにふらふらの前に現われた私のようだったため、遙か彼方の日に思いを馳せながら私は彼女にここでの過ごし方を教えていった。
「さて、ここでは自分が自分だって思うことが大切なの。だから目をつぶってそう思ってごらん。きっと世界が色彩を取り戻すよ」
彼女は私の言ったように目をつぶってぶつぶつと呟いた。
「ほんとだ、凄い綺麗……」
私は彼女の一言を聞いて思わず笑みがこぼれる。遙か彼方、私もそう思ったものだった。彼女はどこをとってもかつての私そっくりだった。あえて聞かない。けれど彼女はきっと地球の人間だと思う。そうに違いない。
「母星登録しようね。これからここに帰ってきたい時に帰って来れるようにするための登録なの。さっきと同じようにこの星を母星にするって想像してね」
「はい」
彼女は目を輝かせて私に肯いた。そして目を閉じて想像していた。きっと彼女の心の中では無限に輝く宇宙が渦を巻いているのだろう。
「さて、別の飛び星へ飛んでみる? 楼ってところを利用しなくちゃいけないんだけど……」
私が楼の方へ歩こうとすると彼女はそれを制した。ちょっとまってください、と言ったのだ。私はふしぎに思い彼女の方へ向き直ったところ、彼女は言いづらそうに申し出る。
「ここは良いところだけど、今日のところはやっぱり自分の肉体へ帰りたいです。やっぱり……自分の肉体が恋しいって言うか」
彼女の一言にはっとさせられた。喪ったと思った自分の母星。それはここやふらふらの飛び星なんかでもなくて、私達が住む青い星。私自身の肉体。ずっとずっと昔に空を仰いだあの自室の窓。私の精神は疲れ切っていた。たぶん、この世界に居すぎたのだろう。どうして忘れてしまっていたのだろう。私の本当の母星。
「……えぇ、帰りましょう。私も一緒に行くわ。母なる惑星へ」
あとがき
星飛び関係作品の一つです。一応こちらがメインなわけです。微妙すぎるちなみに、な話ですが
銀河の世界のベースと、問題についてはインターネットを意識した風刺作品だったり。