卵まぜごはんとお母さん
著者 朝霧 夏樹
 
 私が朝起きると、いつもキッチンにはお母さんがいて、『おはよう』と優しく笑ってくれた。それはすごくくすぐったくて、私は小さく頷くことしか出来ない。
 今日も、お母さんがいる。そう思ってお台所に行くと、お母さんはどこにもいなかった。湯気を吐き出すヤカンも、朝の天気予報の声も、包丁がまな板を叩く音も、何もない。
「まだ、寝てるんだ」
 私は不思議に思わなかった。お母さんが夜のお仕事をしていたときは、いつも私が先に起きて、お母さんを起こしていたから。お父さんがいないことを不思議に思わないのと同じで、私にはそれが当たり前だった。
 お水を一杯飲んで、私はお母さんを起こすためにふすまを開けた。
 小学校に入るまで、私はお母さんと一緒に寝ていたけど、今では違う部屋で寝ている。私にも、お母さんにも、遠慮みたいなものがあったんだ。
 お母さんは布団を頭まで被り、静かに寝ていた。私は少しだけ安心した。お母さんは少し前からお体の調子が悪くて、いつも苦しそうな顔をしていたから。
 病気はもうなおったみたいだ。
「お母さん、起きて。朝だよ」
 掴んだお母さんの肩は、氷みたいに冷たかった。昨日までは、あんなに沢山汗かいてたのに。
「風邪さんひいたの? 寒くない?」
 お母さんは答えてくれない。きっと、声も出せないくらい苦しいんだ。
 今暖めてあげるね、そう言って、私は押入れから毛布を出した。お布団の上に掛けてあげる。少しだけ、お母さんが安心したように見えた。
「お母さん、お腹へってない?」
 ストーブをつけてから、私はそう聞いた。でも、お母さんは答えてくれない。少し、淋しくなってしまう。
 私にはお父さんがいないけど、いつもお母さんが傍にいてくれた。
 大人の人は可愛そうにとか、淋しくない? とか言うけど、私はお母さんがいたから淋しくなんて無かった。でも、何も言ってくれないお母さんだと、すごく淋しい。
「私はお腹へっちゃったかな……」
 少しだけ考えて、私は部屋を出て流し台の前に立った。
 何か温かいものを食べればお母さんは元気になってくれる。何がいいかなと考えてから、お鍋に牛乳を注いで火にかけた。
 私はごはんの上に卵を落として、ぐちゃぐちゃにして食べた。私はこれが好きだ。お母さんが用事でいないときは、朝もお昼も夜も、ずっとこれを食べていた。
 牛乳が温まったとき、玄関でよっちゃんが私を呼ぶ。いつも一緒に学校にいっている女の子だ。私は大きな声で返事をして、やっぱり少し迷う。お母さんのそばにいてあげたいと、思っていた。
 でも、きっとお母さんはそんな私を叱ると思う。いつもごめんなさいと私に言うんだ。そんなお母さんを、私は見たくなかった。だから、牛乳をカップに入れて、お母さんの枕の横に置いた。小さく、行って来ますと言う。
『いってらっしゃい』
 そう言われた気がして振り返ったけど、お母さんはさっきと全然変わらない格好のまま、静かに寝ていた。どこかお人形さんみたいだと、私は思った。
 そっとふすまを閉め、私は玄関から飛び出した。学校から帰ってきたら、お母さんはきっと『お帰りなさい』と言って、あのくすぐったい笑顔をくれるはずだから。
 
 でも、結局その日のお夕飯は、卵かけご飯だった。
 お母さんは、まだ寝ている。


あとがき
 初めまして、朝霧夏樹です。
 子供を主人公に三十分で小説を書く、というテーマを、何とか果たせたかと思います。
 
 しかし、思った以上に三十分は長かったですね。途中は何を考えているかも分からなくなってしまいました。
 説明が足りなかったり、必要以上に「お母さん」が多かったりと……まだまだ精進が必要です。

Rhapsody In Blue