花びら
 
 
 はち切れそうに蕾んだ。
 咲いた途端に手折った。
 
 棘だらけの白薔薇。
 
 掴んだ手から、血が滴り落ちて。
 白薔薇は、散って。
 紅い和蘭石竹が咲いた。
 
 でも、今のままでは和蘭石竹も枯らしてしまいそう。
 故に、その鮮やかな紅を保つ為に、凍結させてしまおう。
 
 凍てつく寒さを。
 この熱で。
 
 
 
 抱き竦めると、花の薫りがした。
 いつもと違う匂いは、甘い種を撒く。
 
 口付けから始めて、雨を降らせてあげる。
 根がしっかり張ったなら、蔦をゆっくり這わせて。
 
 狂い咲いてみせて。
 俺だけしか知らない秘密の花を。
 吹き飛ばしてみせて。
 乱舞する白と紅とを。
 
 この瞬間だけでも、晒け出して欲しいから。
 
 
 
 忘れた訳ではない。
 凍らせた花は、粉々に砕ける可能性もあるということを。
 いっそのこと、叩き付けてしまおうか。
 
 そうしたら、次に咲く花は……?


媚薬
 
 
 いつもより少し丈の短いスカート。
 普段は殆ど使わない赤いルージュ。
 
 白い軽自動車のアクセルを踏み込んで。
 ベースが効いたアルバム曲を大音量で。
 
 今日は、わたしが連れ去ってあげる。
 
 
「雰囲気、違うね」
 開口一番、待ち合わせ場所のショッピングモールの広場で、あなたは目を瞬かせた。
 鈍感なあなたでも、今日のわたしに気付いてくれた――そう思うと、何だか嬉しい。
「変かな?」
「ううん」
 あなたはニッコリ笑った。
 
 短過ぎた?
 赤過ぎた?
 
 そんな不安は、消えてしまった。
 
 
 車に乗り込んで、ハンドルを握る。
 あなたは苦笑いを浮かべていたけれど、運転席は渡さないから。
 
 いつもあなたばかり……狡いじゃない?
 たまには、わたしから仕掛けてみたいの。
 
 あなたは冷静さを纏っているけれど、解るのよ?
 あなたの視線が何処を彷徨っているか。
 
 
 さあ、これからが始まり。
 メーターが振り切るまで飛ばすから!


震えた声
 
 
 貴女は、時々、涙を浮かべている。
 俺の向こうに何かがあるような、そんな眼差しで。
 
 ああ、また。
 全ては、自分の所為だと責め続けて。
 
 蒼い涙と共に、感情が放たれる。
 そんなときは、迷わず抱き締める。
 
 「貴女の所為じゃない」――何度もそう言い聞かせてきたけれど、貴女を貫く杭を取り除けない。
 深く深く、刺さり過ぎて。
 
 
 姫君が母親と共に城を出たのは、祖父である王に命を狙われた為。
 王は、孫娘の預言された未来と、それを実現させるだけの能力を恐れたのだ。
 しかし、彼女はその能力を未来を変える為に用いた。
 それは、決して振り向こうとしなかった祖父の為に。
 
 
 
 真っ青な唇から絞り出すような声で、俺に問う。
「ここに在ていいの……?」
 
 頷く代わりに、手に力がこもる。
 強く、きつく。
 
 
 そんなことを訊かないで。
 貴女の傍にいるから。
 例え、籠にならなくても。
 飛び立つまでの枝であっても。
 
 貴女の傍にいたいから。


ヘロイン
 
 
 あなたの指先が触れるだけで、わたしの感覚は一斉に目覚める。
 そして、どうしようもなく欲しくなる。
 
 だから今宵も、あなたのお気に召すままに。
 
 
 癖のあるその黒髪。
 優しげな茶色の眼差し。
 妬ましいぐらいに整った肌。
 気付いていないであろう首の右後ろにある黒子。
 繊細だけど狡猾な指先。
 
 何もかも愛しくてたまらない。
 
 だけど。
 繋がることはあっても、辿り着けない。
 溶け合うことはあっても、一つにはなれない。
 
 
 “御姫様”に何処まで付き合うの?
 それほどまでに愛しているとでも言うの?
 
 自分から頼んだことなのに、「こんなこと」だけだなんて!
 
 こんな私を許さないで。
 むしろ今すぐにでも殺して。
 
 あなたは自由になれるのよ?
 
 
 それでも。
 渇望は増しゆき。
 依存度は深まる。



 
 
 連絡も寄越さず、貴女はアパートの入り口に立っていた。
「ごめんね? 来ちゃった」
 舌を出して小さく笑いながら、徒歩数分しか掛からないノリで言われて、俺は言葉を失った。何せ貴女の家と俺のアパートの距離は、大雑把に計算して八百四十キロある筈なのだから。
 ……普段から掃除を心掛けておくべきだったかもしれない。
 
 折角だから何処か案内してあげたかったのだけれど、貴女は「ここがいいの」との一点張りで、ここへ来た理由を尋ねても笑顔しか返ってこなかった。
 
 幼い頃、貴女と一緒にやったおままごと。
 リアルでやるなんて思ってもみなかった。
 あの時のように無知でいられたら、この身を焦がさなくて済んだのに。
 それでも焼かずにはいられない。
 それが、俺と貴女を結び付ける唯一の手段。
 
 
 白んだ世界で目を開けて、ふと思う。
 貴女と朝を迎えるのは初めてだと。
 
 寄り添って眠る貴女を抱き締めた。
 灰に残る温もりを確かめるように。
 
 
 
 『これが、最後だった』

Rhapsody In Blue