何が欲しい?
何れも欲しかった訳ではない。
表で挙げた武勲も。
裏で得た賞賛も。
宝石も金銭も……屑篭に捨ててしまいたいくらい、私には必要ない。
では、私は何が望みだったの?
お父様がいて。
お継母様がいて。
異母姉弟がいて。
そこには陽溜まりがあって。
入ることの許されない輪。
遠くから眺めるだけの環。
守ることを心に誓った和。
……乱し、絶って、無くしてしまったのは、私だけれど。
こんなわたしが、あなたと、むすばれて、いいの?
――そんなことが許されていい訳がない。
暗い影は、ひっそりと消えるのが望ましい。
でも、ほんとうは。
あのなかに、いたかったの。
ここは、とてもさむいから。
だから、あなたと、ずっと、ここに、いたいの。
“御姫様”は夢をみる。
それもとびきり甘美なものを。
私に夢を見させないで。
これ以上期待させないで。
夢は逃避の手段で、期待は裏切られるものだから。
ニアミス
事の発端は、携帯を買い換えたことだった。
久しぶりに入った貴女の部屋は、以前に買ったローズのアロマの匂いがした。
偶然、貴女と同じ機種を選んでしまったらしい。
「お揃い」――そう言って、貴女は微笑んだ。
会話が尽きると、見詰め合う。
見詰め合うと、触れたくなる。
触れると、重なりたくなる。
重ねると、探りたくなる。
華奢な身体を抱いたのも、久しぶりだった。
「……もう行くの?」
「行かないと、朝迄寝てしまいそうだし、魔法が解ける時間だ」
「大丈夫。魔女はまだ帰ってこないし、第一、塔へよじ登るには、髪の毛が必要よ」
「……いつから「シンデレラ」は「ラプンツェル」に化けたの?」
「たった今」
揺らめくキャンドルは、さながら催眠術。
小さく鳴るコンポからは、ゆったりとしたピアノ曲。
「……少し眠ったら? だって……」
突然、携帯が着信を告げた。
音から、友人だと判り、手探りで携帯を掴んだ。
「何……?」
受話器越しに、酷く慌てた声がして、ぷつりと切れた。
友人の態度に訝しく思いながら、携帯を元の場所に戻そうとしたとき。
「それ、わたしの……」
言われて、携帯を見直すと、ディスプレイの中で蝶々がひらひらと舞っていた。
呆然とする俺の横で、貴女はずっと他人事のように笑っていた。
漸く笑いを収めた貴女は、ぽつりと一言。
「秘密は何ればれてしまうのよ」
まるで、貴女はばれるのを待っているかのようだった。
盗まれたもの
『お父様を憎まないでね。……泣かないと約束してくれるわね』
小さな声で、大きな願いを私に託して、お母様は息を引き取った。
それ以来、涙は掘って、押し込んで、埋めて。
誰にも悟られないように、隠しておいた。
――母様が死んだの。そして父様も姉様も、みんなみんな……――
でも、埋めた筈の涙は、あなたに流れてしまった。
私が見せた僅かな隙がきっかけで、あなたは知ってしまったのだ。
それ以来あなたは、私の外も内も剥ぎ取ってしまう。
あなたの善意が、思慕が、私から何もかもを奪っていく。
外側はくれてやっても良い。
あなたを繋ぎ止めたくて、わたしがしたことだから。
……この身体に、どれだけの価値があるのかはわからないけれど。
でも、これ以上、私を踏み躙るのは止めて。
折角築いた砦を、荒らさないで。
あなたも知っているでしょう?
私が恐れているのは、消滅だということを。
だから、静かにそっと眠らせて。
永遠に目覚めさせないで。
熱視線
揺れる蒼い瞳で、貴女は何を見ているの?
昔と変わらないその蒼さで、何を思うの?
「目、おひさまみたい」
そう言って、腕の中の貴女は小さく笑った。
「照明の所為だよ」
「そうね」
ほんのり赤い唇にキスを落としてあげる。
「……昔のあなたの目……」
貴女から零れ落ちた言葉に、改めて貴女を見た。
「落日を閉じ込めた……こんな色」
貴女の細く、白い手が俺の前髪に触れる。
「髪はもう伸ばさないの?」
それから耳朶に。
「ピアスホールはないね」
苦笑を返した。反応の仕様がなかったのだ。
「あのね」
貴女は俺の名を呼ぶ。
その名は、昔の名前。
「白状すると、「彼女」はね……」
自分の唇で、貴女の言葉を止めた。
貴女から甘い声が漏れた。
ごめん、今は聞きたくない。
何を暴露するのか知らないけれど。
俺の我儘で、お互い苦痛になると、解っているけれど。
貴女が封じた言霊を、この口で伝える迄は。
腰を抱いて、喘ぐ貴女の耳元で囁いて。
貴女の目を閉じさせる。
欲しい筈の蒼い思いを、自分で押し込めて。
ノーカウント
「ひょっとして、今の彼氏が初恋の相手?」
向かいに座っている友達の素っ頓狂な声に、右隣の友達は顔を真っ赤に染めてそっぽを向いた。
ファミレスでの、他愛のない会話。
「コーラ持ってくる」
まだ赤い顔のままの友達は、コップを持って不機嫌そうに席を立った。
「可愛いなぁ」
率直な感想を漏らすと、もう一方の友達がオレンジジュースを飲みながらニヤリと笑った。
「でも、そうじゃん? アンタも」
笑顔で躱すことにした。
まだ「彼氏」ではないもの。
戻ってきた友人に恋話は任せて、ローズティーを傾ける。
いつだったかな? あなたに言いそびれたけれど。
『白状すると、「彼女」はね……』
あなたを見ると、初恋の相手を思い出すの。
その相手はね、最初からフラれることが解っていたの。
今でも好きよ? ……尊敬だけど。
でも数えないであげる。
初恋は、昔も今も、あなた。
「で、本当のところはどうなの?」
ずい、と友達の顔が近づいた。
「初恋? 父親だけど?」
……二人の反応が、とても面白かった。