ふたりでひとつ
著者 鏡 柘榴
 
 あら、丁度良かったわ。ちょっとあたしの話を聞いてくれる? ほら、そこに座って頂戴な。お茶を淹れてあげるから。……お茶よりお酒? 何よ、あたしの話は素面では聞けないって言うの? じゃあ、いらない? 勝手にしなさい、全く……。
 で、話っていうのはね、ちょっと企画で困ってるのよ。「Rhapsody In Blue」というサイトの鏡柘榴っていうの、それが実はあたしなんだけど、二月一日迄に好きな書籍のレビューを提出しなくてはいけないの。あたしは、勿論魂の師匠である岡嶋二人氏の本を一冊……え? 岡嶋二人氏を知らない? じゃ、簡単に彼の……ううん、彼等の経歴を教えてあげるわね。
 岡嶋二人氏は徳山諄一氏と井上泉氏のコンビで結成。1982年に『焦茶色のパステル』で第28回江戸川乱歩賞を受賞して作家デビュー。そして1985年の『チョコレートゲーム』で第39回日本推理作家協会賞を、1988年には『99%の誘拐』で第10回吉川英治文学新人賞を受賞。でも、その翌年コンビを解散してしまうの。
 ……古い? とんでもない! 『99%の誘拐』は『この文庫がすごい! 2005年版』のミステリー&エンターテインメント部門の1位よ!
 あたしが一番最初に彼等の作品を読んだのは、多分、二十五編も収められている『ちょっと探偵してみませんか』の三話目『三年目の幽霊』だった筈。何しろ小学生の頃の記憶なので、少々曖昧なのだけれど。勿論トリックなんて全然分からなかったけれど、とってもドキドキしながら読んだのを覚えているわ。母親の本だったから、コッソリ隠れて読んでたの。きっと、わたしが読んでると知っても咎めることはなかったのだろうけど……。
 岡嶋二人氏の作品の特徴をまず挙げるとすれば、文章が簡潔であるってことね。だって、小学生でも理解出来て、且つ“面白い”と思ったのよ? 一読する価値はあると思わない? 
 岡嶋二人氏の作品でハズレたことはないので、読んだ作品全部紹介したいところだけど、そうはいかないでしょ? だから、その中でも一番衝撃的だった『チョコレートゲーム』にしようかと思ったんだけど、生憎その本が見つからなかったの。一体何処にやったのかしら。……なので、掲示板にカキコした『殺人者志願』を紹介しようかなって。余談だけど、最初『ひとごろし・ろくでなし』というタイトルだったみたいよ? 
 まず、あらすじ紹介は欠かせないわね。
 就職しておらず、かといってバイトをやっても続かない菊池隆友がこのお話の主人公。でもお金の遣い方はどうも生活に見合ったものじゃない。妻の鳩子に言わせると隆友は『倹約家』らしいが、鳩子のお金の使い方は申し分がないくらい派手である。当然借金に借金を重ねる生活。もう、どうにもならなくなって、鳩子の伯父さんの奥さんの甥である宇田川時雄を頼る。しかし物事は思い掛けないことになる。宇田川時雄は何と借金を肩代わりする代わりに、殺人を引き受けて欲しいと言うのだ。殺す相手は中原美由紀という女性。借金がなくなるなら、と、ホイホイと承諾し、大胆にも彼女の部屋の隣に移り住んで、綿密な計画と慎重な作業の元、遂に彼女を手に掛ける日がやってきた。果たして菊池夫妻の計画は成功するのか――
 ……とまぁ、こんな感じかしら。あんまり言ったら面白くなくなるわよね?
 冒頭は本当に軽い。ミステリーに抵抗を感じる人でも難なく読めるくらい軽い。そして、気が付いたらずるずると小説に引き込まれてしまい……喩えるなら猟かしら? ほら、美味しい餌で誘き寄せて、獲物が餌に飛びついた途端にガシャンと罠が閉じるような感じ? でも罠が全然痛くなくて、むしろ癖になる? ……我ながら何だか怪しい表現。兎に角、一冊読み終わったら別な本も読んでみたくなる――それが岡嶋二人氏の魔法なのよねぇ。
 この作品、“推理小説”として読むにはちょっとどうかなぁと思うの。作者自身『映画を観ているような感覚で、私の中に出現した』と述べているので、あんまりじっくり考え込むんじゃなくて、浸って欲しいなぁって。勿論、これはあたし個人の意見なので、必ずしもそうしろと言うんじゃないけど。エンターテイメント感覚とでも言うのかしら。
 そうそう、エンターテイメントで思い出したけれど、この小説、会話のセンスがいいの。今まで読んだ岡嶋二人氏の作品の中で、会話文はこの小説が一番好き。夫婦の掛け合いはウイットに富んでいるところが素敵。吹っ飛んでいるようだけど、決して的外れじゃない。ニヤリとさせられるそんなセンスがあたしにもあればなぁ……って思っちゃうくらい。
 あとは……夫婦がとってもラブラブってことかな? 甘味はあんまり感じないけど「愛してるよ」なんていうのは随所に出てくるし、あとは……ま、お子様にはちょっとアレかしらね? 夫婦で『タカちゃん』『ポッポ』と言い合うのも可愛い。言うまでもないけれど、隆友と鳩子のことよ。『ポッポ』なんて洒落てるじゃない?
 うーん、こんなところかしら? あ、あたしね『ここは戴けない』とかって言うのは嫌いなの。そもそも『戴けない』のをお勧めする訳にはいかないじゃない? それでも強いて一つだけ挙げるなら、携帯がないのは勿論だけど、『電話交換手』という職業があったことくらい? 今の学生サンどころか、あたしでもイメージでしか知らないし。初刊が1987年だから、こればかりはどうしようもないかなぁ……と。でも、1987年ってそんな時代だったかしら。その時、あたし何歳? 勿論秘密よ。女は秘密が多い方が魅力的じゃない。
 それでも、現代……この言葉が正しいかは微妙だけど……今でも通ずるモノがそこにはあって、共感したり、震撼したり出来る――そんなところが、岡嶋二人氏の最大の魅力かしらね。
 あたしのレビューがきっかけで、一人でも岡嶋二人氏を読んでみようと思えば、しめたモノよ。そして、次々と本を買い漁ってくれれば、ファンとしてこれほど嬉しいことはないわ。要は「読め!」ってこと!
 ……うん、何とか書けそうな気がする。頑張ってみるわね。助かったわ、有難う。
 お酒? どうしても飲みたいの?
 仕方ないわね。カクテルなんかどう? お話を聞いてくれたお礼に、あたしがテキーラ・サンライズをご馳走するわ。勿論お手製よ? ふふっ。
 
 
引用作品一覧
『焦げ茶色のパステル』
1982年9月10日 発行
講談社
 
『チョコレートゲーム』
1985年3月5日 発行
講談社 講談社ノベルス
 
『99%の誘拐』
1988年10月31日 発行
徳間書店
 
『ちょっと探偵してみませんか』
1985年11月22日 発行
講談社
 
『殺人者志願』
1987年3月31日 発行
光文社 カッパノベルス
 
 
井上夢人氏のサイト
夢人.com
http://www.yumehito.com/
 
(注:本は全て一番最初に発行されたものを紹介しております。ご了承下さいませ)


あとがき
夏目様の作品の直後に出すのが大変心苦しい鏡です。
 
今回はレビューやエッセイを一つということでしたが、キッチリまとめられなくて、こんな形になりました。
こうなるとただの書き殴りですね。
尤も、そのつもりで書いたような気も致します。
それでも、一人でも岡嶋二人氏に興味を持って戴ければ本望です。
 
最後まで読んで戴き、有難うございました。

Rhapsody In Blue