燃え行く塵についての思い
著者 夏目 陽
 
 暗闇の中に数多の光が輝く。古人はそれらに名前をつけた。北極星、ベガ、アルタイル、シリウス、ぺテルギウス。陣内優が知っている星の名前といったらその程度だった。優は仰向けになった状態から、右手で何かを探す。何回か右手が床に当たる音が聞こえた後に目的のものを見つける事が出来たのか、彼の右手が静かになった。かちんという音がした後、漆黒に浮かび上がっていた星々が消える。やがて優が立ち上がり、また右手を無作為に振り回す。またかちんという音がした後、何回かの点滅を繰り返し、部屋の電気がついた。部屋には陣内優の他に、長い綺麗な黒髪と活発そうな印象を与える大きな瞳、すらりとした体型を持つ少女がいた。名を佐倉詩織という。
「綺麗でしょう?」優が得意げに言う。純真そうな笑顔を見せた。それは好奇心旺盛な少年の印象を周囲に湧かせた。
「綺麗だね」微笑みながら詩織が言った。ちらりと美しい八重歯が覗いた。それは知的な美しさを持つ少女の印象を周囲に感じさせた。
 あれらは本物の星ではない。俗に言うプラネタリウムで見た星空なのだ。夜遅くに優が詩織を家に呼んだ理由の一つに、手作りの星空を見せたかったというものがある。優はこのために外からの光を遮断する為のカーテンも新しくした。おかげで、カーテンを閉めると部屋は真っ暗になり、プラネタリウムの電源を入れると天井も壁もなくなってしまうのだ。
「私たちだけが見ていた星空なんだねえ」詩織が先ほどの光景を脳裏に描きながら言った。
 お世辞にも優の製作したプラネタリウムは上手いとは言いがたい。北斗七星は微妙にずれてしまっているし、北極星との位置も正確ではない。それに光の強弱、色合いなどがないため、薄っぺらい星空になってしまっているのだ。
 優は少し頬を朱に染めながらも、自分のベッドに座った。そこにはすでに詩織が座っていてちょうど隣り合わせのような状況になっている。お互いに心を許しあっているから、警戒する事もなく、緊張する事もなく自然に手と手が触れ合っていた。
「でもさ、流れ星って作れないんだよ。やっぱり流れ星って言うのは現実の夜空限定みたい」優は苦笑しながら言う。すると詩織が口を開いた。
「ねえ、流れ星ってね塵なんだよ。宇宙にある小さな塵が地球に向かって落ちてきて、大気圏で高温になって発光する。それが流れ星の正体なんだ。だから別に夜空限定なわけじゃなくて、ただ単に夜空の時が昼間より流れ星を見つけやすいってだけなの」
「へえ」優は目を丸くしながら言う。「しーちゃんって博識なんだね」
 詩織は照れながらも微笑んだ。優にとって詩織の真っ赤になっている頬や、時折覗く八重歯や揺れる長髪などは心惹かれるものだった。詩織はさらに流れ星についての話を饒舌に語り始める。
「物凄く、もう無限とも言える様な広い宇宙の中のほんの小さな、私たちよりも小さな塵が、たった一度きりだけ、その存在を光として私たちに示すの。自らを焼き尽す事でね。だから私たちは願うんじゃないのかな。祈るんじゃないのかな。その一瞬に総てをかけて輝いているその存在に向かって」
 優はそんな詩織をずっと羨ましそうに見ていた。詩織に話し出す毎に優は微笑みを絶やさぬようにしている。最後の言葉を言った後、優は立ち上がった。電気を消して、カーテンを開ける。外から薄っすらと街の明かりが部屋に差し込んできた。優が窓を開け、空を仰ぐと雲はなく、月も出ていない。絶好観察日和だった。冷たい風が優の頬を冷やすと、隣に温かいものを彼は感じた。優が横を見るとぼんやりと淡い光に浮かぶ詩織がいた。詩織は優に倣い、空を見上げる。
「流れ星……見えないかな?」
 二人は薄暗い夜空を見上げながら言う。さきほどのプラネタリウムよりもやはり綺麗である。ここは都会ではないので、そんなに明る過ぎる事もない。優がぼうっと空を見ていると一つの事を思い出した。「願い事って心の中で三回唱えればいんだっけ」
「優くんは何をお願いするの?」
 詩織が答えを言わずに問い返した。答えに困り、黙ってしまった優だが心の中では願い事は決まっていた。それはきっと詩織とも同じなのだ。
「しーちゃんは?」優は思わず訊き返してしまう。詩織はその問いを聞くと俯いてしまい、答えようとしない。
 お互いに何も話さないまま、時間だけが過ぎていた。部屋にある目覚し時計の音がやけに響き、二人に一秒一秒が過ぎていることを知らせる。優は体が冷えてきたので窓を閉めようとした。詩織の方に手を伸ばした時、彼女が叫んだ。
「あっ流れ星!」
 優は夜空を仰いだ。そこには今まさに総てをかけて存在を示そうとしている一つの意思のようなものがあった。優は願い事を三回唱える。詩織も流れ星を凝視しながら同じ事をしていた。同じ願いをしていた。
 ずっと一緒にいられますように。
 二人の願いは流れ星が消えるとともに夜空に昇華された。

Rhapsody In Blue